主体性って何だろう?「ちゃんとしなさい」と育った私が、娘に願うこと
子どもには、自分らしく生きてほしい。
そう考えている親は多いのではないでしょうか。
私もその一人です。
でも子育てをしていると、「ちゃんと挨拶してほしい」「マナーを身につけてほしい」「箸を持てるようになってほしい」と思うこともあります。
自分らしく生きてほしい。でも社会のルールも身につけてほしい。
この二つは両立できるのでしょうか。
今回は、私自身の経験も振り返りながら、「主体性」について考えてみたいと思います。
「ちゃんとしなさい」で育った私
私は子どもの頃から、周りへの配慮を大切にする家庭で育ちました。
電車では静かにする。
挨拶をする。
公共の場では周りに迷惑をかけない。
当たり前のことかもしれません。でもその積み重ねは、今の私にも強く残っています。
例えば、電車に乗る時。赤ちゃんが泣いたらどうしよう。周りの人に迷惑をかけたらどうしよう。そんなことを考えていました。
子どもが咳やくしゃみをした時も、「手で押さえようね」と繰り返し伝えてきました。
街中で傘が後ろの人に当たりそうになっている人や、レストランで子どもが走り回っているのに注意しない親にも違和感を覚えます。
私は周囲の目を気にするタイプで、そしてそれは親から受け取った価値観でもあると思っています。
子育てをしていると「ちゃんとしなさい」が顔を出す
娘が成長するにつれて、私の中の「ちゃんとしなさい」が顔を出すようになりました。
箸を持てるようになってほしい。
挨拶ができるようになってほしい。
公共の場でのマナーを身につけてほしい。
なぜなら、それは社会の中で生きていくために必要なことだと思うからです。
と同時に、「親としての務めを果たしているのか」という周囲からの視線が、子どもの成長とともに強く感じるようになったことも理由の一つです。
私は今、本当に子どものためを思っているのだろうか。それとも、周りからどう見られるかを気にしているだけなのだろうか。
そんな問いが頭をよぎることがあります。
主体性と他人への配慮は両立できるのだろうか
以前の記事では、『主体性とわがままの違い』について書きました。
「主体性」とは好き勝手にすることではなく、自分で考え、自分で選び、自分で決めることです。
私は娘に「主体性」を持ってほしい。でも同時に、「周りへの配慮もできる人」でいてほしい。
そして、主体性が行き過ぎると、自分中心になる。周りへの配慮が行き過ぎると、周りからどう見られるかばかり気にするようになる。
大切なのは、自分の気持ちも大切にしながら、相手のことも考えられること。その間でバランスを取ることなのかもしれません。

モンテッソーリ教育を受けて育った私が考える環境
私はモンテッソーリ教育を受けて育ちました。そして今も、モンテッソーリ教育の考え方に共感しています。
自分で考え、選び、決めること。主体性を大切にする考え方が好きです。
実際に私自身も、自分で考え自分で決めていくことは好きで、こうしてブログを書いていることもそのひとつかもしれません。
だから、モンテッソーリ教育が私に与えてくれたものは確かにあったと思います。
でも一方で、「自分がどうしたいか」より、周りからはどう見えるのかと「他人軸」を気にしてしまう時も多くあります。
その背景には、「ちゃんとしなさい」という言葉だけではなく、親が大切にしているのは何か。何を褒め、何を心配し、何を期待しているのか。そうしたものを、敏感に感じ取りながら育ってきたこともあるように思います。
モンテッソーリ教育では、「子どもは環境の中で育つ」と考えます。
子どもが吸収するものの中には親の言葉や価値観も含まれ、そして「それらすべてが環境」なのだと改めて実感します。

主体性を育てるために親ができること
子どもにマナーやルールを伝えることは大切ですが、「こうしなさい」だけが増えていくと、子どもは自分で考える機会を失っていきます。
主体性も、他人への配慮も、どちらか一方だけでは偏りが生まれます。
「自分を大切にしながら、相手のことも考える力」
その両方を育てるために、親はどんな関わりができるのでしょうか。
①子どもの気持ちも相手の気持ちも大切にする
例えば、おもちゃで遊んでいる時に友達から「貸して」と言われた場面。
そんな時、必ずしも譲ることが正解とは限りません。
- 今使っているから順番でもいい?
- これは特別だから貸したくないな。
- 一緒に遊ぶのはどう?
そんな方法もあるかもしれません。
大切なのは、「貸すか、貸さないか」という正解を教えることではなく、自分の気持ちと相手の気持ちの両方を考える機会をつくることです。
親がすぐに答えを出すのではなく、
- 「あなたはどうしたい?」
- 「お友達はどう思っているかな?」
- 「どうしたら解決できそうかな?」
と一緒に考えることが、主体性を育てる関わりの一つだと思います。

②行動だけではなく理由も伝える
「走らない!」「静かにしなさい!」「挨拶をしなさい!」だけではなく、なぜそうするのか。
誰のためなのか。どうして必要なのか。
行動を指示するだけではなく、その理由や意味も伝えていきましょう。
③「こうあるべき」を一度立ち止まって考える
私たちは知らないうちに、「優しい子が良い子」「譲れる子が良い子」「泣かない子が良い子」という価値観を持っていることがあります。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
でも、その価値観が強くなりすぎると、子ども自身の気持ちよりも、周りからどう見られるかを優先してしまうことがあります。
例えば、おもちゃを貸したくない時。
「貸してあげなさい」と言いたくなるのは、本当に相手を思いやる気持ちからでしょうか。
それとも、貸せない子だと思われたくないからでしょうか。
子どもに主体性を育んでほしいと思うなら、まずは親自身が「こうあるべき」を少し立ち止まって考えてみることも大切なのかもしれません。
まとめ
娘には主体性を持ってほしいと思っています。でも、わがままにはなってほしくありません。
周りへの配慮もできる人になってほしいです。でも、周りからの評価だけで生きる人にはなってほしくありません。
「自分の気持ちも大切にしながら、相手のことも考えられる人。」
そんな人になってほしいと思っています。
そしてそのためには、子どもだけではなく、親である私自身も学び続ける必要があると感じています。
「ちゃんとしなさい」という言葉の奥にある価値観を見つめながら、私も娘と一緒に成長していきたいと思っています。
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