幼稚園の運動会、今年もかけっこで順位を決めなかったな〜・・・


きつねちゃん、うちの保育園でもそうだったよ。最近順位決めないところが多いみたいだね。
3歳の娘がジャンケンなど簡単なゲームができるようなり、「勝った!」とか「〇〇ちゃんが1番!」と、勝ち負けを意識するようになりました。
この「負けなくない」気持ちは自然と芽生えるのだと感心し、この感情こそ社会で生き抜くために必要な本能的欲求にも感じました。
一方で、近頃は「競争させない教育」も耳にしますよね。
かけっこで順位を決めない、学芸会で主役を複数にする、テストで平均点を出さないなど、はじめて聞いたときは衝撃的でした。
この「競争させない教育」と「競争をさせる教育」はどちらが良いのか、教育評論家の多くの方が意見を言っていますが、私は「競争」は子どもの成長に不可欠だと思っています。
今回は、競争させない教育について思うことを書きます。
競争させない教育とは?

成績や順位で子どもを評価せず、子ども同士が協力し合える関係を育むことを目指した教育のことです。
競争させることのデメリット
過度に競争意識を煽ることは、子どもに「勝つと偉い」といった誤った認識を持たせる可能性があります。その結果、負けた子を支配しようとしたり、勝つために手段を選ばなくなったり、相手を尊重し思いやる気持ちが育たなくなると言われています。
たしかに、いまだ学歴重視傾向の日本では、テストの点数や順位に、親も子どもも一喜一憂している側面はあります。自分がトップになるために、他人を蹴落としたり不正をしたりする歪んだ発想は、子ども時代から根付いている認知の歪みである可能性も高いです。
過度な競争意識の強要に関しては、私ももちろん反対です。

競争は不可欠だと考える理由
競争させることでのデメリットを理解した上で、競争は不可欠だと考える理由は3つあります。
- 学校側が優劣をつけなくても、子どもはクラスの中で自分のカーストを意識するから
- 「勝つこと」も「負けること」も学びの一つであり、社会で生き抜く力となるから
- 仲間や負けた相手に思いを馳せられるから
①子どもは自分のカーストを意識する
人は集団の中で生活している以上、必ず比較の目に晒されます。
それは、学力や運動神経といった、分かりやすく勝敗のつくものだけではありません。
残酷ではありますが、容姿や性格、友達の多さ、リーダータイプか、家が裕福かなど。「自分ではどうしようもできないこと」も含めて、さまざまな分野のカーストを作り出します。
そして、その中で主観的な軸で相手を評価をし、また自分も評価されながら生きるのです。

比較から、いじめや自己否定に繋がる可能性はあります。
しかし、

学校や親が優劣をつけないなら、いじめが防げるのか?
劣等感を抱くことなく、クラス全員が仲良しこよしができるのか?
と言われたらそうではないですよね。
学校には、自分の座を奪われそうで「うざい」、ライバルのような存在がいます。あるカーストでは勝てるけど、自分が勝ちたいカーストでは絶対的に勝てない「うざい」存在もいるでしょう。
比較や優劣そのものが「悪」なわけではありません。子どもは自分の強みを見つけ、自分のプライドを保つために、無意識に優劣をつけるのです。それは社会(学校のクラス)で生きるためには仕方のないことです。
親や先生が、比較を「悪」と捉えて蓋をすると、子どもは気持ちの折り合いを学べなくなります。
何においても「勝ち負け」はあるけれど、それがあなたの全てではない。そして、相手の全てでもない。と教えることの方がよっぽど重要ではないでしょうか?
②「勝つこと」「負けること」は成長の一つであり、社会で生き抜く力となるから
勝ち負けは他者との比較で生まれますが、「勝つためにどう努力するか」「負けてからどう這い上がるか」は自分との闘いです。
勝ちたい気持ちがあるからこそ、努力をし、努力した結果の成功体験は子どもの成長を飛躍的に促進させます。負けても悔しさをバネにして「なぜ今回は失敗したのか」「次勝つためにどうしたら良いのか」を分析し、勝つまで挑戦し続ける経験(失敗体験)もまた、子どもの成長には不可欠です。
どちらも「社会で生き抜く力」と言われている大切な経験ですが、社会に出てから習得することは非常に困難です。
何回でも挑戦し失敗できる守られた環境と、誰でもいつでも挑戦できる平等な環境は、子ども時代の「学校」だけです。

負けた時に、(子どもが可哀想、自尊心が心配)と思う方もいるでしょう。
しかし、それは勝ち負けの結果を重視する考え方です。他者との比較ではなく、「その子の闘い」「その子の成長」に大人がフォーカスしていれば、子どもも正しい捉え方ができるようになります。
また、負けた時こそ乗り越える力(レジリエンス)が育ちます。メンタルの強い人はこのレジリエンスが高く、困難な状況にもすぐに立ち直り適応していくことができます。レジリエンスもまた、社会に出る前の子ども時代に培うことが重要です。
このように、「社会で生き抜く力」は競争の中で生まれ、そして子ども時代こそ育めるチャンスと言えます。
③仲間や負けた相手に思いを馳せられるから
負けたときの悔しさや申し訳なさ。勝ち取った時の喜び、まわりへの感謝。負けた相手がいるから勝てたことに気づく、大人になる瞬間。
自発的な競争の中で培った力こそ、自分の利益の追求だけでなく、他者の尊重と協力に繋がります。
結局のところ、人情深い大人になる過程には、競争や勝敗は不可欠だと思います。

まとめ
競争をどう活かすかは大人次第
競争させるデメリットは、たしかにあります。結果にフォーカスをすれば、悪いイメージも思い浮かびます。
しかし、競争でしか育めないことも数多くあります。自分の強みを理解すること、誰しもが得意不得意があること、競争は自分の成長のためにすること、自分の力だけではなく周囲の協力があって成し遂げられること。
これらは、子どもが気付けるように大人が導くことが重要です。大人が、競争をメリットにもできるし、デメリットにもしてしまうのです。
「オンリーワン」も「ナンバーワン」も大切
私が小学生のとき『世界に一つだけの花』を聞いた父が「なんだこのふざけた曲は!一番を取らなきゃ意味ないだろ!」と怒っていました。当時の「ゆとり教育」を危惧した発言だったのでしょう。
すべての人が輝いていてオンリーワンというのは、「生きること」の意味を考えるときには必要です。しかし、スポットで輝きたい時も、輝かないといけない時もあるのが「生きている人間」だと思います。
受験も、就活も、結婚も、「オンリーワン」ではなく「一番」じゃなきゃ意味がない。競争に勝たなきゃ意味がない。
そこを避け続けるのは本人の自由ですが、“教育”がその練習をする機会を奪ってはいけないと心から思います。
